備忘録 その5

車を長町商店街へと走らせて見た景色。
ものすごい湾曲した路面、ところどころ
崩れた舗道。そして壁の剥がれた家。
 
オフロードでも走っているかのような
恐る恐るな徐行で、南から北へと走り
通した後で、車は家の駐車場へと仕舞い
ました。夜明かしに費やしたせいで、
ガソリンの残りを気にしなければいけない
状態でした。
 
寮で改めて仮眠をとったものの、目覚めて
途方に暮れているのが、厭な気分でした。
それで自転車を走らせ、できるだけ情報を
集めることにしました。どのみちこの街に
詳しい人間は自分であり、そうするのが
当然という状況でもありました。
 
このあたりで、自分の変調に気づきます。
あまりにも繰り返し余震が訪れたせいか、
揺れてるような錯覚や、平衡感覚のズレが、
本震の直後よりも大きくなっていたのです。
しかしこれは同時に、ただ何もしていない
ときの方が余計に感じるものでした。
それでどうしても動き回りたい気分に
なっていたのです。
 
街の様子、区役所、避難所となった市民
センター、寮のキャパシティが枯渇した時の
事を考えながら、情報を集めます。しかし、
知る毎にどうやら、寮に避難した我々が
むしろ、不要な混乱や体調の低下を免れる
環境を得ていたことに気づきます。
 
それでもなお、不安は消えません。なにしろ
インフラが全く無い状態です。兵糧責めにも
似た状態がいつまでも続けば、最終的には
我々も避難所へと移らねばなりません。もし
そうなるときには、周辺住民全てが困窮
し尽くしている所へ押しかけなければならず、
きっと居たたまれない思いをせねばならない、
そんな想像もしました。
 
とにかく、できるだけ寮に欠乏の無い状況を
作らねばならない。そう思ってアパートへ
戻ると、家財があちこちに散らばった中から
食料を運べるだけ運び、寮へと持ち込みました。
すぐに手を付けなくても、何かがあるという
状態は、視覚的に有効だと考えたからです。
 
学生の一人が、ダメモトな我侭を言いました。
米食いたいですー」と。運の良い奴です。
「仕方ないな、ほらよ。」と、冷凍おにぎりが
自然解凍されちゃったものを渡します。想像
していたより大喜びしていました。
 
いつまで、何を、どれぐらい対処すればよいか
分からない状態。それでもどうにかこうにか
やっていくより他ない。冷凍おにぎりが生んだ
笑顔は、その時は俺を少し、前向きな気分に
してくれました。
(つづく)