備忘録 その4

22時近くに、アパートへと戻ってきました。
どの部屋にも人の気配はありません。
 
自分の部屋の鍵を開けましたが、中がほとんど
見えませんでした。携帯のライトで足の踏み場を
探し、奥へと進みます。どこに何があるのか、
よく分からないため、持ち出したい物資に
たどりつくことはほとんど出来ず、かろうじて
見つけだした車の鍵、そして非常用リュックを
かつぎ出すことができました。
 
寝室には所持CDが散らばり、ここで寝る事が
如何に困難であるかを知らしめていました。
まあ、自業自得かと妙に納得し、そうしている
間にも余震はやってきたので、他の住民の選択と
同様、ここで今宵を明かすことは諦め、車を
出発させました。
 
寮に戻る事も可能ではありましたが、あまりにも
イレギュラーな状態のため、寝場所の確保も
正直厳しい状態、ならばこのまま車中泊が最善と
判断しましたが、ならばその車をどこに停め、
夜を明かすべきか?これが悩ましい問題でした。
 
少し走っては停め、横になり、塩梅を見る。
それで場所を少し変える。何度か繰り返した
挙句に、某ファストフード店の駐車場が最も
安全に過ごせそうだな、という結論を出し、
そこでようやく一息つきました。
 
で、とにかく疲れているであろう自分を、
なんとか休ませねば、と思うのですが、寒さと
情報の不足が、深い眠りを阻みます。
一時間おきにエンジンを掛け、エアコンと
ラジオを点ける。そんなことをしながら、
夜明けを待つ、とてもとても長い夜でした。
 
明けて、そろそろ動き出すかと起き上がる
とき、とても体がこわばっていました。
車のシートで眠ったことだけが原因では
なかったのでしょう。とにかく駐車場を
歩き回りながら伸びをしながら、まともに
身動きができる状態まで持っていきます。
 
そんなことをしていたら、数台向こうで
同じように夜を明かしていた奥様から、
バッテリーが上がったとのことで助けを
求められました。自分の車を向かいに
つけながら、もう一人起きていた男の
方へ声を掛け、無事バッテリー復旧を
完了させました。
 
御礼をされながらも、その作業中に目に
入ったのは、お店の通用口付近。どうやら
未調理で残っていたハンバーガーの
バンズを、提供するつもりで、駐車場に
トレーごと置いていたようです。
 
しばらくはカンパン中心だろうな、と
食については諦めな状況ではありましたが
呉れるならば貰いたい。しかし40個を
一気に持ち去るのは、さすがにどうだろう。
トレーの前で逡巡していたのですが。
 
「すいません、3個もらえますか?」
後ろから声を掛けられる。駐車場にいた
方のようだ。3人家族っぽい。この状況、
どうみても店員と勘違いされている。
しかもなんか様子を見た別の車の方も
こちらに向かっている。
 
ああもう仕方ない、この方々を捌くより
ほかないのだ。70個近くあったバンズは
予想外の速さでいろんな御家庭の皆様へ
俺の手から配られた。俺、店員じゃないし、
むしろ40個どころか全部なくなった…
 
と呆然としていたら、別の方向から声が。
「あ、全部なくなったんですかー」と。
「じゃあ、もっと持ってきますねー」
 
店員さん、普通に居たらしい。なんだかなあ。
 
やっと真っ当な交渉をして、40個もの
バンズを車に積み込み、寮へとひとっ走り。
日の出と共に起きていた同僚方は、夜中
どこで寝ていたのかも分からない俺が
大量のパンを持ち込んで戻ってくるという
シュールな状況にポカンとしていました。
(つづく)