今更気がつく

やはり、俺にとっての仙台は、持て余すほど大きな街だ。
 
仙台に居続けているのは、ただの結果にすぎない。もしもいま
転勤を言い渡されたりしたら、長くここにいて自分が養ったと
思い込んでる「個性」なんて軽く消し飛んでしまうわけで。
 
仙台を語り尽くせるような生活もしていないうえに、今さえ
この街が仮住まいであるという意識も昔から変わらない。
 
その割にこの街に居続けることに自分が子供じみた固執
しているような気分にさえなる。
 
いま自分が仙台にいる「動機」、ちょっと足りないかな。